補綴構造設計士・歯科技工士川島 哲の世界
PSD 川島セミナー会場 著書紹介 セミナー 執筆記事 気になるニュース テクノバリュー トピック ホーム
著書・著作コーナー→

歯科技工士になってよかった!!


CONTENTS

PLOFILE  歯科技工士になってよかった!!  Part0(ゼロ):歯科技工の実力
Part1:なぜに川島は積極的に「技術公開」を行うのか?
Part2:福島の女子学生の手記を読んで固まる、歯科技工士を教育する私の役割について
Part3:バリュー(価値)あるものは、存在自信を語らない!!
Part4:ヤングテクニシャンはなぜ積極的にリタイヤするのか? 

Part0(ゼロ):歯科技工の実力

カナダからの手紙-----キャストパーシャルの緊急依頼!!


患者さんからの礼状(デンチャー装着2ケ月後)

---1990年(平成2年)12月。
知人のBio-Laboratoryの湯毛昭人夫婦より、カルガリー在住の牧師様のキャストパーシャルデンチャーの制作依頼が来た。実は、湯毛陽子夫人の通われる教会の畑野弘牧師様が、末期がんにより胃の全摘手術を受けたが、デンチャーを入れてなかったもので、咀嚼不足で腸に多くの負担がかかり大変困っているとのこと。確かにマスターモデルを見ても、制作する下顎の臼歯部の欠損は多数にわたっていたし、きわめて咬合が低位であった。クリスマスプレゼントの思いを込めて、社員ともども大急ぎで制作して年内に使えるように努力し、DHL便に患者さんの”夢”を託した。

畑野弘牧師様からの礼状(1991年2月)。
湯毛陽子婦人の報告によれば、手術後は衰弱し、点滴頼りで歩行もままならなかったが、デンチャー装着後からは固形物での栄養摂取も可能となり、歩いて外出するまでになったと。今思えば師は、教会の後のことや、家族のことの残務整理で外出するパワーを求めていたのだろう。


歯科技工士として生きることを、十字架として背負わされた運命的な日!


畑野牧師様ご逝去のお手紙が、湯毛陽子婦人
から送付されてきた(1991年9月)。

まさしく私の人生を変えた。デンチャーの「実力」をあらためて知り、「歯科技工士になってよかった」と大阪ガーデンパレスホテルで講演していた日を、後々に命日と知り、1991年4月28日未明の師のご逝去は、正直なところ運命的なつながりを感じ、しばらく寡黙な私に転じていた。それ以後は、歯科技工からリタイヤする考えはまったく生じなくなった。


歯科技工士という職業存在には”夢”はいらない。


それは、患者さんの多くが夢を、私たち歯科技工士に笑顔と共に見せてくれるからだ。それらは、われわれの制作した補綴物が完全に近い形で患者さんの口腔内に装着され、治療が成功した場合にのみに限られるのは当然なことだ。
 「夢がない!! 将来もない!!  だから歯科技工士には”魅力”がない」というが、”夢”がない職業の代表格みたいに歯科技工士自身が語る現在の風潮は解せない。
患者さんの歯が欠損することで話しづらくなったり、噛みにくくなったり、顔貌も変化したら、どうにかしたいと君たちは思わないのか!!
 息を止めておなたは生きられるだろうか? 食事を止めてしばらくは生きられるとしても、その後死んでしまうだろう。鼻腔も、その大切な入り口であろう。
 歯を失うことは身体に障害をもつということである。その障害に手を差しのべて、失われた部分の機能回復が補綴装置(歯科技工)で実現したら、患者さんたちは何と幸せであろう!! 今まで友達とレストランに行くのも、コミュニケーションするのも、入れ歯の不具合で避けていた関係が、普通にできるようになるのである。特別なことをできることがいいのではなく、”普通のこと”をできるのが人間幸せなのである。普段にできることが大切なのである。
 歯科技工士は歯科医師と共同作業で、この患者さんたちから成功報酬として、多くの夢や希望を享受できる職業なのである。人が喜ぶ姿は感動的で、自分自身が嬉しくなる。だからこそ、歯科技工には、”夢”がなくてよいのである。
 プライベートでは、自分の家族が幸せだったら男は満足だろう。社会生活とは、人を喜ばすことで幸せなのである。歯科技工士とは無理をして、ことさらに”夢”をもたなくてもよい職業存在なのである。 ”夢”は、あっちから、きっとやってくる・・・・・



Copyright UNIDENT Co.,Ltd. All rightss reserved