「スムーズ過ぎると面白くない!!」 川島 哲

電話がけたたましく鳴った。いきなり「クラスプが3本も折た!!」。先生の口調は叱責に近い。 「それは困りますね、大変申し訳ございません」と私は謝り、少し間をおいてから「先生とのお付き合いは何年くらいになりましたっけ?」と聞いてみた。 すると先生は「20年近くになる」とぶっきら棒に言い放った。「ところで、その間に折れたクラスプの本数は……」と聞くと、先生はすかさず「3本“しか”折れてない」と言われた。
「先生、20年近くで3本ならば、ギネスもので、今日の電話はむしろ“お褒め”の言葉ですよね、ありがたくいただきます」と言ってみた。 先生の口調は先程の勢いからは明らかにトーンダウンして、「そうだね、う〜ん……修理してね。じゃあ、送るから」と明るい声に変わって、その電話は終わった。

ある時Au-Ptのワイヤークラスプが折れたとのクレーム。「先生、歯のほうは大丈夫でしたか?」と聞いたら、「歯は折れてなくて大丈夫だよ」。 私は歯が懐れなくて良かったとホッと胸をなで下ろした。しかし、電話口の先生の方は釈然としない様子だった。そこですかさず、「先生は例えば奥様から『出掛け先で交通事故を起こしちゃった…』と突然連絡が入ったら、『おい、車はどの程度壊れたか。全損か?!』と聞くんですか?  普通は奥様の体の心配が先でケガはなかったか。大丈夫かと聞くはずですが」と言ってみた。すると、先生はしばらくしてなぜか寡黙になった。私は「物は壊れても直せるので心配しないでください」と電話を置いた。

そう言えば、最近は、時々受付嬢から事務的に「修理して」「納期を教えて」と言われるだけで、こういった類の話はめっきり減った。なんだか一方通行で、とても寂しい気がするのは、季節が秋になったからだろうか……。