歯科界はどう変わるべきか    川島 哲

歯科界がどのように変わるべきか?というよりも、歯科界にいる「自分自身」がどう変わるか!!であろう。社会と他人は変えられないが、しかし自分は変えられる。自分が変われば社会も他人も変われるかもしれない。歯科界に存する専門家達は人に対してどうのこうのという前に、まずは自らの身辺整理からのスタートであろう。
 世の中にはひどい事が起こる。地元川越は「小江戸」と呼ばれて昨今は観光客であふれかえっている。その江戸時代の蔵造りの一角に「自然食品店」がある。ある日、初老の夫婦が訪れた、夫は車で待ち、痩せすぎた妻は帯津三敬病院で余命半年の宣告を受けていた。担当の先生に好きなものを食べなさいと勧められ、一時退院してきた身であったが体に優しい物をと思いその店に立ち寄った。彼女は優しい夫に欲しい物は買いなさいねと、言われたとおりに沢山買い求め、レジに向かった、その時どやどやと観光客が入ってきた、その中の一人がこれみよがしに、何を食っても死ぬやつは死ぬんだ、ぺっ、面白くない店だと言い残して退散した。今にも倒れそうな風貌の妻は、みるみる顔を真っ赤にして下を向きレジに商品を置いてよろよろと店を出た。女店主は後を追いかけてゴメンなさい、とあやまったがそれ以上の慰めの言葉は探せなかった。
 言葉は時としてものすごい暴力に変身する。あの妻を傷つけて、いったい何の利があると言うのだろうか?私達歯科医療人は今後も専門家として患者さんの前に登場するのであればある程、今後数年で生じる医療改革の荒波で可及的に医科一元化の道をたどる。歯科は医科の一分野に統合され、医学部の一分科として歯科となる。となれば、私ども歯科界の専門家達はことさらに、摂食障害、嚥下障害等の口腔ケアに関わらずを得ず、高齢化の全身リハビリーテーションの現場で苦闘するであろう。その「心構え」は、患者さんの死に対する恐怖をどれだけ身近に感じるかが課題となろう。入れ歯の装置の前に今必要なのは、技術よりも人を思いやった優しい気持ちかもしれない。
 今は自然食品店のお店の前に、観光客お断りとある。自然食に理解ある人のみに来ていただきたいと、そして店主は、ここに来る方は体がきつい方々が来られるので、神経こまやかな対応が大切と、そっともらした。

デンタル『トゥデイ』  2004年7月1日号 掲載