中国「開発独裁」の代償

  「庶民は共産党を憎んでいる。心底憎んでいる。共産党以外の政党が許されたら、おれも参加するよ」
 党員歴三十数年の知人がツバを飛ばさんばかりの勢いで毒づく。「今の中国は社会主義ではなく、官僚資 本主義。高級幹部は病気になっても国が全部面倒をみてくれる。金のない庶民はがんにでもなったら、死ぬのを待つだけだ」。社会の不公正は許し難い、という。
  特権とは無縁のヒラ党員である知人と政治談議をすると、よくこんな話になる。彼に限らず、庶民レベルでは党を腐す声は耳にしても、ほめ言葉などまず聞かれない。党を取り巻く、冷え冷えとした空気を実感する。
 「中国脅威論」が国際的に取りざたされるようになってから久しい。ある者は「驚異的な経済成長」を憂え、別の者は「急速な軍備増強」に警鐘を鳴らす。そうした論議は日本国内でもかまびすしい。

しかし、13億中国の真の「脅威」は、党の威信が地に落ちるなか、独裁体制がシロアリの巣くう家のように、内側から溶解していくのではないか、その過程でどれだけの混乱が生じるか、という不透明感にこそ内在している。
 休制のほころびはすでに幾多の悲惨な現実となって露呈している。近年、中国では農民暴動、炭鉱災害、環境汚染など、異常な重大事件が続発しているが、それらには共通の要因がある。利権体質、官僚主義に象徴される政治・行政の腐敗と非民主性、そして国民を軽んじて恥じない権力者たちのおごり、である。

中国社会科学院の全国調査によると、社会の「不公平」の最たるものとして、回答者の61.5%が「権力がもたらす不公平」を挙げている。一方、所得分配の不平等を表す指標「ジニ係数」は0.4(2002年)を超え、所得格差の著しい中南米の一部諸国よりも深刻な状況だ。
社会矛盾に対する国民の不満は常にはけ口を求め、暴発を繰り返す。現政権には、単発の暴動や騒動を力ずくで押さえつけることはできても、それらの連鎖的発生を断ち切る能力はない。人心の離反の進行と逆比例するように、党の支配力は低下しつつある。

「もし中国が混乱して1%の難民が出たら、1300万人ですよ。1000分の1としても130万人。だから、中国が安定することが周辺諸国にとってもいいことではないですか」
 呉邦国・全国人民代表大会常務委員長は昨年11月、角田義一・参院副議長と会談した際、「中国脅威論」を牽制した。中国の安定こそが世界の安全への貢献という論法だが、裏返すと、党指導者も中国の真のリスクは認識しているわけだ。難民うんぬんは仮定の話とはいえ、冗談として片づけられないところに、揺らぐ中国の不気味さがある。
 改革開放の四半世妃、特に市場経済を推し進めたこの十数年間、民主化要求を抑圧し、農民ら弱者を切り捨ててきた開発独裁型政治のツケが、いま回ってきている。大国の自信を誇示する中国。だが、仮面の下の 素顔は、「出口の見えない混迷」に琴見ている。
(藤野彰・中国総局長)