人生相談 映画監督大森一樹 ■75歳の主婦。77歳の夫についての相談です。

「手持ちぶさたの時には、英会話でもいい、何か一つ覚えなさい。
1か月で30の会話ができる」。これはスーパーのレジで、夫が店員に言った言葉。 「あんた破れたジーパンはいて、みっともない。繕いなさい」。これは、電車で見かけた若い女性への言葉です。
高校の教師だった夫は、見知らぬ人にしばしば話しかけ、お説教をします。 ある時は、バス停で座り込んでたばこを吸っている高校生に「たばこはいかんよ」と、その害について話し始めました。
夫の語り口は優しく、人を怒らせない楽しい雰囲気を持っているため、その子たちは暴言を吐くわけでもなく、「わかりました」とたばこを消しました。本当にほっとしました。

夫は誰とでも仲良くなるのですが、私はそのフレンドリーな態度が恥ずかしく、嫌なのです。私の前ではやめてほしいと頼むのですが−。静かに、どっしりと、悠然と構えてほしいのです。
何かご教示ください。(福岡・N子)

私はあなたの夫が大好きです。見知らぬ若い人に説教しても相手を怒らせない優しい語り口、楽しい雰囲気で誰とでも仲良しになる老人。 こういうキャラクターは私たちが作る映画の中の想像だけと思っていましたが、現実に存在することに驚き、うれしくなってしまいます。
何よりその話の正しさ、豊かさ、深さに敬服します。たばこの害は言うに及ばず、1日一つの英会話も時間と持続力の大切さ、 ちょっと的はずれと思われる服装への苦言でさえ流行への批判が聞こえてきます。
へたに若い子に注意したら逆切れを起こされる時代、いつもそばにいるあなたにしてみれば、ハラハラの気疲れもあるでしょう。 だれかれとあまりにも気軽に声をかけられると恥ずかしくなるものかもしれません。それでも、こんな時代だからこそ、あなたの夫のような年配の方にいてほしいのです。 どうか、夫を誇りに思ってください。などと言うまでもなく、実は私などの何倍もあなたは夫が大好きなんだと読めますが。

読売新聞 2006年7月16日掲載