技巧凝縮 まるで小宇宙

高橋直彦
古代ギリシャの哲学者、プラトンが「永遠の動く影」とたとえた「時間」。
 19世紀後半、その"影"に数値を刻み、携帯を目的とする機械式腕時計は誕生した。以来、大量生産にはない手作りのぬくもりと、繊細な部品の組み合わせの美しさで、世界中のファンを魅了する。
 スイスの工房や見本市で、腕時計の究極と先端を探した。

ロンドンのウエストミンスター寺院の鐘と同じ音階で時刻を知らせるグランド&プチソヌリ・ミニッツリピーター、1000年もの間、月日を自動で表示するエターナルカレンダー、月の満ち欠けがわかるムーンフェイズ、着けた人の姿勢によって生じる誤差を補正するトゥールビヨン・・・・・。
 複雑な機能を縦55.5ミリ、横39.5ミリ、厚さ17ミリのプラチナのトノー(たる)型ケースに収めた。竜頭とボタンが計7個、針だけで18本。それらが小さなひげゼンマイで駆動する。腕に巻き付ける小宇宙。そうたとえたくなる超絶技巧の商品を、スイスの時計メーカー、フランク・ミューラーが先月、ジュネーブ郊外の工房で発表した。「エテルニタス・メガ」と名付けた。
 「現時点で、機械式腕時計で何ができ、何ができないのか。それを表現したかった」と、企画したフランク・ミュラーさんは話す。
 200年前の天才時計技師ブレゲの再来とたたえられ、1992年に工房を設立、複雑時計の魅力を世界に広めてきた。
 現在は宝飾品を含め、8ブランドを抱えるウォッチランドという企業に成長。同社CEO(最高経営責任者)のヴァルタン・シルマケスさんは「職人の熟練した手仕事の痕跡を腕時計を通して伝えたい」と話す。
 シルマケスさんのような意識を持つ時計メーカーがスイスには数多い。グローバリゼーションが進む中、唯一無二の物作りを目指すスイスの時計産業が世界から注目を集めている。
 1970年以降、日本で開発された安価で精度の高いクオーツ式腕時計が普及し、スイスの時計産業は破滅的な打撃を受けた。しかし、近年、ぬくもりのある機械式の魅力が見直され、昨年のスイス産の時計輸出額は前年比10.9%増で、史上最高を記録した。
 毎年4月、スイスのバーゼルとジュネーブで開かれる時計の見本市には、世界各地から関係者が集まる。今年はスポーツウォッチの高級・高機能化が目立った。
スウォッチグループのブランパンは、300メートル防水のダイバーウオッチにトゥールビヨンを盛り込んだ。今年はヨットのアメリカズカップの開催年でもあり、ロレックスやオーデマ・ピゲはヨット競技用の新作腕時計を発表。ブライトリングやパネライなど自動車メーカーと共同で新作を出すメーカーが多かった。
 リシュモングループに属するヴァシュロン・コンスタンタンは、彫金で作った4種類の仮面を文字盤に据えた腕時計で新しい魅力を提案した。
 また、フランスの宝飾品メーカー、カルティエは今回、腕時計シリーズの大きな柱として、バロンブルーを発表した。これまでのサントス、タンク、パシャ、ロードスターなどの人気シリーズに加わり、クラシックな雰囲気と近未来的なデザインの融合が注目される。

讀賣新聞 2007年5月21日掲載 ライフ・アンド・スタイル より