一口三十回噛む習慣を

医療ジャーナリスト 大谷 克弥

年配の方ならご承知でしょうが、その昔、「カム、カム、エブリボディ」のテーマソングで始まる英会話のラジオ講座がありました。さあ皆さん、ラジオの前にいらっしゃい、という呼びかけです。私はそれをちゃっかり借用して、「噛め、噛め、エブリボディ」と提唱を続けています。

良く噛むことでいろんな効用が
食べ物をよく噛むことによって、人間の体にどんな効能があるかを駆け足で見てみます。まず噛めば噛むほど唾液の分泌が盛んになり、消化の働きを強めるので、胃腸が快調になります。また唾液には殺菌力があるので、口の中をきれいにし、虫歯を減らします。ガンを抑えるパワーを持っている、とも言われます。
 さらに、噛むという行為は脳の指令によるものですから、時間をかけて長く噛んでいると、脳の中にある満腹中枢からストップのサインが出て過食を抑え、肥満防止に役立ちます。同時に、刺激を受ける脳は活性化し、ボケ防止にもなります。
 このほか極めて重要ななのは、子供の頃から噛む習慣をつけると、顎の骨が強化され、顔立ちも歯並びも良くなることです。皆さん、最近の若者は男性も女性も顔の形が変わってきたと思いませんか。昔風に言うとお公家さん顔に、現代風だとスリム顔とでも言うのか、とにかく顎が目立って細く尖ってきています。
 原因は明らかで、噛まなくなったので顎が退化してきたのです。長年にわたり噛むことを忘れてきたので、もはや噛もうにも噛めない事態に至っているのです。発音も不明瞭になってきたと、憂慮されています。
 現代の子供に好きな食べ物を尋ねると、一にハンバーグ、二にカレーライス、三にスパゲッティ、と答えるそうです。いずれも柔らかい食べ物です。おやつは、フワフワのスナック菓子かアイスクリーム。これでは”軟食動物”ではないか、という皮肉な声も上がっているほどです。

”ハハキトク”にご用心
「ハハキトク」という言葉をご存じでしょうか。近頃の子供がよく食べているハンバーグ、ハムエッグ、ギョーザ、トースト、クリームシチューの頭文字を並べたものです。 「キ」は「ギ」で代用していますが、見事に軟らかい食べ物ぞろいです。
 「母危篤」でお分かりの通り、これは手料理を作らない最近の若いお母さん方を風刺した言葉です。いずれもパック食品か、とても料理とは言えない食べ物ばかりで、子供たちもそれに慣らされてしまいました。
 噛まなくなった現代と比較して、しばしば引き合いに出されるのが、卑弥呼に代表される弥生時代です。調理法が少なく、木の実などを常食したせいもあるのでしょうが、この時代は一度の食事で約四千回も噛んだと推定されています。対するに現代は、わずか六百二十回です。
 非常に面白いデータも公表されています。戦前の日本人は平均すると一回の食事に二十二分かけ、千四百回も噛んでいたというのです。現代人は噛む回数が半分以下に減ったほか、食事時間も十一分と、ちょうど半分になっているそうです。
   歯の専門家たちの目標は、何とか一度の食事で千五百回噛むように引き上げることです。通常の食事はだいたい五十口で食べ終わるそうですから、一口ごとに三十×五十でちょうど千五百回になるという計算です。
 よく噛めばストレスは解消し、肌もきれいになる、という報告もあります。
噛むことにお金はかかりません。三十回には及ばずとも、じっくり噛む習慣を身につけましょう。

全国法人会総連合 季刊誌 2007年夏号 No.657 掲載