お手軽犯罪の薄ら寒さ

社会部次長 棚瀬 篤

「懸賞金が当たりました」。そんなメールが突然届く。懸賞に応募した覚えはないが、もらえるならと思って「受け取ります」と返信すると、今度は手続きに費用がかかるというメールがきた。言われた通りに支払ったものの、お金は振り込まれない。
 そうした被害が相次いでいると、6日に国民生活センターが発表した。その1週間前には、「設置が義務付けられた」と偽って緊急地震速報の受信装置を売りつける動きがあるとして、気象庁が注意を呼びかけたばかり。石川五右衛門の時世ではないが、世に悪事の種は尽きないものだと、ほとほと感心する。
 中でも猛烈に増えているのが還付金詐欺。税金や社会保険料の払い戻しがあるとウソをつき、逆に振り込ませてしまうという、あの手口だ。
 東京・江戸川区の74歳の女性は昨年12月、社会保険事務所の職員を名乗る男からの電話を自宅で受けた。「2万円を還付する」という話を信じ、指示通りに携帯電話を持って銀行へ。言われるままにATMのボタンを押し、気づいた時には2000万円を相手の口座に送金していた。
 還付金詐欺の昨年の届け出件数は2571件、被害総額は29億9000万円で、ともに前年の5倍を超えた。振り込め詐欺の一形態だが、お金が入ってくると思い込ませる部分が新しい。
 ともあれ、被害者の大半を高齢者が占めている点は、振り込め詐欺のほかの手口と変わらない。
 お年寄りを食い物にした詐欺自体は昔からある。誰しも思い浮かべるのは豊田商事の事件だろう。1981年から85年にかけ、現物の裏付けのない純金への投資を持ちかけるペーパー商法で、3万人から2000億円を集めた史上最悪の詐欺事件。金集めの最前線にいた営業マンは、狙いを定めた高齢者に親切の限りを尽くしたという話を、当時の捜査幹部から聞いた。
 家に上がって食事を作り、掃除をする。風呂で背中を流し、肩をもむ・・・・・。我が子にさえしてもらったことのない親切に、お年寄りは営業マンを心底信じ、ついに通帳を預けてしまう。警察の捜査が本格化してなお、「あの人だけは違う」と、営業マンをかばった被害者もいたという。
 今は違う。振り込め詐欺の犯人と被害者との間に、生身の人間としての接触は一切ない。
 昔の犯罪は人間臭かった、などという気はない。時間をかけて信用させ、最後に裏切ることの方が、よほど残酷ともいえる。ただ、電話だけのやり取りで、やすやすと詐欺が成立している現実に、豊田商事の時代とは異質の薄ら寒さを覚える。
 「おれおれ」と身内を装って金を振り込ませる詐欺の多発に警察が気づき、対策に本腰を入れ始めたのは2003年。豊田商事の悪事は5年で終息したが、振り込め詐欺は新たな手口も次々と現れ、5年が過ぎてもあとを絶つ気配がない。
 「年寄りを手のひらで転がしてるようだった」「パニックにさせてしまえば、あとは言いなり」・・・・・振り込め詐欺を追った04年の本紙連載記事の中で、犯人グループにいた若者がそう言い放っている。
 手間ひまがかからない手口に味をしめ、同じようにほくそ笑んでいる犯罪者が今も大勢いる。それが悔しい。

讀賣新聞 2008年2月11日 掲載