息子は歯止め役かな

女優  高畑 淳子 

 女優業と母親業に追われバタバタ暮らしている私のささやかな夢は、たまには家の事を心配せず外でゆっくり酒でも飲みたいという事である。欲を言えば、次の日は仕事も休みで、息子の朝の弁当も作らなくてよく、一緒に飲んでくれる人がイイ男だったりしたら、もう言う事はない。
 若い頃から、芝居の稽古が終わればまず、一杯。初日が開いたらまず一杯。お客様が来ればまた一杯。何かにつけて飲み歩いていた私が、このところ全く飲みに出ない。実の付き合いが悪い。
 昔の恩返しではないが、若い衆でも連れて飲んだり食ったりしなきゃいけない年になったというのに、稽古が終わればさっさと帰ってしまうし、誘われても断る事の方が圧倒的に多く、気づくとこの頃お誘いもない。かつて、”水牛あっこ”と呼ばれ、新宿二丁目をズブロッカ片手に走り回っていた人間がこうも変わってしまうものかと思う。
 悲しいかな、体力、気力が無くなったことは事実だ。しかし最大の原因は我が家の息子である。只今中学3年生。生まれた時から喘息、アトピー、と病院通いが続き、ミルクではなく、病院でもらった薬で大きくなった気さえする。就学してからも、忘れ物がハンパではなく、ランドセルを持たないで行くことなどザラである。怪我も多く、”鉄棒から飛び降りて舌を噛み切りました”と連絡をもらった時は青くなった。当然、家での生活態度は、何をかいわんやである。ゴリラを一匹飼っていると思えば気も楽になるだろうか?これでは外でオチオチ飲めやしない。
 中学生になったらなったで、行動範囲も広がり、問題も大きくなり、目下、思春期真っ只中。反抗期真っ只中。前にも増して、危なっかしい。
 という訳で、唯一息子が家を空ける修学旅行とか、野球の合宿の日程が決まる、よっしゃー、飲みに行くぞー!とばかり計画を立てるのだが、これがそううまくはいかない。普段付き合いが悪く、友達も少ないものだから、結局いつもと同じ様に23時のニュースを見ながら、一人チビチビ飲むという具合。
 しかし、物は考えようだ。こよなく酒を愛した諸先輩は、惜しくも早くに、あちらへ行かれた方が多い。かつてのペースで飲んでいたら確実に、私もあちらでの酒宴に加わっていただろう。我がトホホ息子が、ありがたい歯止め役となっていると考えるべきなのかもしれない。ありがとう!

讀賣新聞 2008年5月20日 掲載