一病息災

漫才師 宮川 大助さん 57歳

 2007年5月、1か月の入院と2か月の自宅療養を経て、大阪の舞台で復帰した。闘病体験もネタにし、満員の観客は大いに笑ってくれた。出演後の会見では回復をアピールしたが、久しぶりの漫才は、本調子ではなかった。
 実はその一週間ほど前、花子さんの講演会の最後に少しだけ、飛び入りで漫才をした。それだけでどっと疲れ、数日寝込んでいた。
 「会場に入り、待ち受ける報道陣を見て、『頼むから放っておいてくれ。どこかに隠れたい』と弱気になった。いったん舞台に立てば、『笑いをとりたい』という本来の思いがわき上がり、不安は吹き飛びましたけれど」
 久しぶりの現場は、「漫才のスピードについていくのが精いっぱい。いきなりバッターボックスに立たされ、150キロの剛速球を投げ込まれる感覚」だった。何をどうしゃべったか、覚えていない。
 あれからもうすぐ1年。精力的に舞台やテレビで活躍するが、まだ左半身だけサーッと冷たく感じる時がある。
 「完全に復活とはいえない状況。それでも、感じるスピードは、120キロぐらいになったかな。花子に背負ってもらい、ここまで来られた」

讀賣新聞 2008年5月20日 掲載