お産事故を救う
裁判で本音語れぬ医師

被告として医療裁判を経験し、苦悩する医師もいる。
 東京都内で開業する産婦人科医Bさん(35)は6年ほど前、勤めていた総合病院での出産事故が忘れられない。何より悔やまれるのは、患者側と話し合う機会が持てなかったことだ。
 予定日を過ぎた難産で、陣痛促進剤を投与してもなかなか生まれず、最後は吸引分娩でようやく生まれた赤ちゃんには、重い脳性マヒの障害が残った。患者側は提訴に踏み切った。
 「君は、やるべきことはやった」。上司や弁護士に繰り返し言われた。病院幹部らの協議で、争う方針が決まっていたため、患者との接触は許されなかった。「私が取り上げた赤ちゃんが脳性マヒで生まれたのは事実で、申し訳ない気持ちでいっぱいです。謝らせてください」。その希望は、「君自身が言いたいことと、言っていいこととは別だ」と退けられた。
 裁判が始まった2年後、法廷で思いがけず、原告の女性と顔を合わせた。閉廷後、廊下に出た女性に、思わず呼びかけていた。
 「これまで、とにかく会って謝りたいと、ずっと思っていました。お子さんはどうしていますか」
 女性は驚いたようだった。心のうちはうかがい知れないものの、「ありがとうございます」と返してくれた。短いやりとりを見ていた上司には「何をやっているんだ。まだ裁判は終わっていない」とたしなめられた。
 まもなく、原告側の勝訴的な内容で和解が成立。「よかった」。それが素直な気持ちだった。
 その後、病院を離れ父の診療所を継いだが、分娩は扱っていない。本来、お産は大好きだ。誕生に立ち会える喜びが、産婦人科医の道を選ばせた。「でも、今は正直言って、お産がこわい」
 訴訟は、双方とも「いかに勝つか」が目的で、自身に不利な議論はしない。Bさんは、裁判からは医師として学ぶものがなかったと感じている。「処置の何が問題で、どう対処すれば事故を回避できたのか、裁判が終わった後、院内ではもう話す雰囲気ではなかった。具体的な問題や改善方法がわかれば、せめて次に生かすことができたのに」
 産科医療保障制度には、専門家らの第三者グループが原因を分析し、再発防止に生かす目的もある。Bさんは「医療側と患者側が、法廷ではなく、本音で語り合うためのきっかけになれば」と願っている。

讀賣新聞 2009年2月11日 掲載