臨終3日前 友情の旅行

久坂部 羊 (作家・医師)

今から10年前あまり前のことである。私のある友人が、直腸がんの末期で瀕死の状態になっていた。がんは肝臓に転移し、黄疸が出て、胆汁を排泄するためチューブを脇腹に入れていた。
 友人はそれまで入退院を繰り返しながら、仕事と並行して在日外国人の問題など、さまざまな社会活動に取り組んでいた。
 しかし、やがて病状が悪化し、腹水も溜まりだして、ついに最後の入院となった。友人は自分の病気ががんであることは知っていたが、まだそれほど悪いとは思っていなかったようだ。見舞いに行くと、「病気がよくなったら、みんなで温泉旅行に行こう」と言うのが口癖だった。
 病状から考えて退院できる見込みはなく、もし旅行に行くなら、少しでも体力のあるうちに、外泊という形で行くしかなかった。しかし、本人にはそれは言えない。本人が「よくなったら」と言っているのに、「今のうちに」と言うのは、死の宣告も同然だからだ。
 周囲の者たちは気をもんでいた。にぎやかなことが好きな彼を、何とかみんなで温泉旅行に連れて行きたい。しかし、病気がよくなっていないのにそれを言うと、本人にもう助からないことを悟られてしまう。しかし、行くなら少しでも体力のあるうちでないと行けない。しかし、それを告げると・・・・・。この堂々巡りを繰り返すばかりだった。
 そのうち、友人は食欲がなくばり、腹水も増え、黄疸もひどくなってきた。本人も状況を悟ったのか、見舞いに行っても、「みんなで温泉に」とは言わなくなった。周囲の者はとうとう時機を逸したかと、重苦しい気分だった。
 ところが、ある土曜日の午後、友人は急に元気を取り戻し、「明日、みんなで温泉旅行に行こう」と言い出した。見舞いに来ていた者は驚いたが、たしかに体調はよさそうだった。それから緊急の連絡網が回り、奥さんと子どもも含む総勢16人の温泉旅行が急遽、決定した。
 行き先は、かねて友人が行きたがっていた三重県のリゾート地。彼が入院していた大阪の病院からは、片道1時間半の道のりである。友人は中心静脈栄養の点滴と、胆汁排泄のチューブをつけたまま、温泉を目指した。途中、かなりつらそうだったが、仲間といっしょにコテージに泊まった。そして、露天風呂は無理だったけれど、部屋に備え付けの風呂には入った。
 月曜日の朝、彼は無事に病院にもどり、水曜日の未明、奥さんに「ありがとう」の一言を残して逝った。臨終3日前の温泉旅行は、彼の人生に対する強い意志と、我々への最後の友情の証しだったように思う。

讀賣新聞 2009年2月13日 掲載