「象徴」の死を待つ政府

香港中文大学 沈旭暉准教授

中国のチベット政策について、国際関係学と中国民族主義が専門の香港中文大学アジア太平洋研究所国際関係研究室の沈旭暉准教授(30)に聞いた。(聞き手 竹内 誠一郎)
 中国政府が進めてきた経済開発により、チベットは歴史上、最も良好な経済状況にある。まず、この事実は認めるべきだ。  だが、経済さえ発展すれば、独自の文化や人権が保障されなくてもチベット族が我慢できると中国政府が考えるなら危険だ。チベットと北京の摩擦は一層激化するだけだ。
 チベットでは依然、信仰や文化の抑圧、少数民族への差別が行われている。現地政府はチベット族のチベット語学習を制限し、「汚い」との理由で、チベット族の利用を禁じる公共プールなどもあるという。
 統治は、中央から送り込まれる漢族の指導者だけでなく、漢語教育を受けた一部のチベット族も担っている。彼らは開発投資で利益集団と化し、時には同胞の弾圧にも手を貸す。すべてのチベット族が漢族に対抗しているのではない。
 中国政府は、民族問題を解決するための明確な答えを持っていない。オバマ大統領が誕生した米国では、どんな人種でも移民でも、「米国人」としてアンデンティティーを持つが、中国では、胡錦涛指導部が「調和社会」を揚げても、すべてが納得するわけではない。
 「中国人とは何か」というよりどころを明示できなければ、分裂主義の激化は避けられない。
 すでに多くの譲歩をしてきたと自任する中国と、ダライ・ラマ側との交渉が解決することはないだろう。ダライ・ラマも「チベット独立」を撤回し、人民解放軍の駐留を認めるなど数々の譲歩をしたが、中国は反応せず、昨年の3回の対話も”見せ物”に過ぎなかった。
 中国政府は、年老いたダライ・ラマが死ぬのを待っている。彼のような魅力ある指導者がいるからこそ、チベット問題は欧米の関心を呼び、国際問題となっている。その存在が消えれば、国内問題として「消化」できると考えている。

讀賣新聞 2009年2月27日 掲載