孤独だと 思っていた

社会部次長 若江 雅子

56歳のその男は、病死した84歳の母親の遺体を一人で山中に埋めた。昨年12月15日、宮城県版の小さな記事が、死体遺棄容疑で逮捕された男のことを報じていた。「金がなくて葬儀が出せなかったから」と供述していたという。
 男は独り身で、病弱な母親と2人暮らしだった。目が不自由な母親の手をひいたり、目薬をさしてあげたり。近所では男の献身的な介護ぶりが知られていた。「もしもお袋が死んで俺一人になったら、守るものがなくなるなあ」と彼が漏らすのを、知人の一人が覚えている。昨夏に失職。母親が病死した時には、蓄えは底をついていた。地中に遺体を埋めた後、男は自分の死に場所を探していたようだ。
 「深さは70センチはあった。掘るだけでも相当な労力だったんじゃないかな」と地元の警察署幹部は振り返る。男にとって、その作業は遺棄というより弔いだったのではないか。
 男は内向的な性格で、近隣とのつきあいはほとんどなかったという。だが、周囲は予想以上に同情的だった。「葬式ならみんなで出してあげたのに」。警察の調べに「周りに迷惑をかけたくなかった」と繰り返したという男の孤独が、かえって際だった。
 この事件が気になった仕方がないのは、私自身が先月、父を亡くし、葬儀を出したばかりだからなのかもしれない。
 遺影用の写真を家庭で探しながら思い出に浸ったり、会葬者から、知らなかった父の一面を教えられたり。悲しみの時間を共有する中で、残された者の絆を確かめ合えた気がした。逮捕されたあの男は、山中でただ一人、どんな思いで母親を送ったのだろうーーーー。
 後日談がある。彼の弁護士(44)がこう語る。「事件直後の彼は、人生をあきらめたような投げやりな態度でした」。それが、ある日を境に変わったのだという。刑の軽減を求める嘆願書が裁判所に出されたと知った日。署名したのは地域の人や学生時代の仲間ら130人だった。「ありがたい、申し訳ない」。無口な彼が、振り絞るようにこう口にしたという。
 18日、仙台地裁で執行猶予付きの懲役刑が言い渡された。彼の地元に帰るのだろうか。孤独無援ではないと知った彼が、周囲の人たちと共にもう一度、母親を悼むことができれば、と願う。

讀賣新聞 2010年2月20日 掲載