ブータンに学ぶ「豊かさ」
 GNH=国民総幸福の実践

大橋 照枝

EU諸国を中心に「国内総生産(GDP)を超える指標づくり」への動きが高まっている。フランスでは、ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツを委員長に2008年、「スティグリッツ委員会」が設けられた。09年9月の報告書では、「従来のGDPを修正し、違う角度からの指数を組み合わせないと、社会の幸福度や持続可能性を計測できない」とし、これまでのGDP批判を論点整理し、今後への出発点を示した。
 これを受けてサルコジ大統領が、「フランスは経済発展の計測にGDPとは異なるハピネス(幸福)を織り込んだ」と発表したところ、米メディアに、「グロス・ナショナル・ハピネス(GNH=国民総幸福)を提唱してきたブータンの前国王と現国王のクレジットを入れるべきではないか」と皮肉られた。
 著者はブータンを07年に調査で、08年にGNH国際会議での発表者として計2回訪れた。前国王の発案から30年余りたち、GNHは今や実践の段階に入っている。ブータンは08年に立憲議会制民主主義国となり憲法を公布し、憲法でGNHを国是とうたう。
 GNHは、「環境保護」「経済的自立」「文化の推進」「良き統治」を4本柱にし、健康、教育、地域の活力、環境の多様性などジグメ・ティンレイ首相の総括のもと政府の10省がGNHを実現中だ。
 ブータンには、世界銀行のいう貧困者(1日1ドル25セント未満で暮らす人)が23.2%(2006年)おり、現在進行中の第10次5か年計画の中でも「貧困の撲滅」は、目標の一つにあげられている。しかし、西欧の論理で「貧困」か「充足」かといった二者択一的に判断することは適切ではない。  ブータンでは、精神文化としての仏教が各世代に継承され、助け合いの精神が社会の基本にある。互助・互恵・寛容・少欲知足、公平などの価値観が浸透している。  例えば、ブータンには花屋がない。生をまっとうし咲く花を切って売り買いすることは仏道に反するとして、寺院の仏像に供える花はすべて造花だ。道ばたに寝そべっている犬は、「みんなの犬」とし、みんなで餌を与えている。
 現地の高校生たちに「議会制民主主義はうまくいくと思うか」とインタビューしたところ、「ブータンの民主主義には土台に仏教の教えがある。ブータンデモクラシーはうまくいく」との回答があった。
 05年の国勢調査で97%が「幸せ」と答えたことも、仏教の精神が生活の土台にあるためだ。このように清貧だが心豊かに生きる国を「ブータンモデル」と呼んではどうであろうか。 国際的な貧困プロジェクトの多くが失敗に終わっているのは、文化やコミュニティーの特性を考慮しなかったためとされる。心の豊かさを保ちつつ今の貧困を脱したときこそ、世界に類をみないブータンモデルが成功したといえる。
 GNHは、ヒマラヤの人口67万人の小国のモノサシから、世界に共通する尺度となる可能性がある。
 経済大国と言われながら、精神的に必ずしも豊かとはいえない日本。自殺者数は12年連続3万人を超え、貧富の格差も拡大している。地域社会が本来持っていた互助の精神の見直し、人と人とのつながりの回復が必要だ。ブータンモデルは範とすべきことが多い。

讀賣新聞 2010年4月21日 掲載