日本のおばあさんを演じ続けた 北村 谷江 さん 
                    (4月27日、肺炎で死去、98歳)
役への執念 炎のごとく

東京本社文化部 杉山 弘

40年で448ステージを重ねた舞台「泰山木の木の下で」、戦争で息子を失った刀自殺で国家を痛快にやりこめる映画「大誘拐」、人間味豊かな老夫婦の声で優しく語ったアニメ「となりのトトロ」・・・・・。
 20歳代で盟友・宇野重吉の母役を演じて以来、「日本のあばあさん」で親しまれた。80歳を過ぎてからは「粉本楢山節考」「蕨野行」などを脚本・主演し、老いの諸相と向き合った。 台本と関連資料を読み込み、役作りに浸かった。旅先では朝市などへ出向いてはおばあさんらに話かけ、野良着や前掛けを手に入れて衣装にした。北林さんの舞台を数多く演出した俳優の米倉斉加年さん(75)は、「汗や涙が染みこんだこれらの衣装は、女優として舞台に立つときの皮膚でした」と振り返る。そして、「感性に優れた女優。晩年は、実年齢より若い『おばあさん』を演じ、肉体が枯れる現実を精神で支えようとする美しさがあった。若い頃のうまさとは違う輝きでした」と語る。
 芝居への情熱と役への執念も人一倍。「泰山木の木の下で」の共演者、伊藤孝雄さん(73)は、烈火のごとく怒る北林さんを目の当たりにした。
 「客席に『さよならハナ婆さん』の横断幕が揚げられたことがありました。観客が感謝の気持ちを込めて作ったものでしたが、北林さんは『まだまだ、やり続けるわよ』と今にも飛び出していきそうな剣幕。なだめるのに苦労しました」
 芝居でのイメージとは対照的に、私生活は「ハイカラさん」だった。東京・銀座の生まれ。庭にハーブを植え、コーヒーをこよなく愛し、ギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の映画を好んだ。
 晩年に親交を温めた放送評論家の藤久ミネさん(75)は「お宅での和服姿は記憶にありません。ビデオ鑑賞する際、ピザを注文してくれました」と語る。声優の仕事で知ったミス・マープルの周辺を追体験しようと、70歳を前に単身英国へ渡り、2年ほど下宿生活を送った。
 「オットーと呼ばれる日本人」での米国人女性。「わたしは生きたい」での良心を貫いた女性。藤久さんは、「この2人を演じたことが女優としての誇り」と聞かされた。あこがれ、自らもそうありたいと願った生き方なのだろう。最後の脚色作品「蕨野行」にこんなせりふがある。
 「やせた土地だからこそ、この地に生まれ変わりたい」。貧しい時代に生きた女性が、運命を受け入れ、次の世代に希望の種を残したいと願う。凛として強く、多くを語らないが信念は揺るがない。明治生まれの美徳を備えた女性だった。

讀賣新聞夕刊 2010年6月26日 掲載