作法と味覚 切り離せなぬ

作家 藤原 智美

福井県の永平寺で薬石(夕食)をいただく機会があった。ご飯、汁、野菜のお椀が三つに昆布を揚げた珍しい和菓子もついていた。食事も修業の一環という戒律が厳しいお寺だから、料理にはあまり期待していなかったが、品数が思ったより多く盛りつけも美しい。そしてなにより旨かった。
 しかし作法が難しいのには閉口した。一番困ったのは「音をたててはいけない」ということだ。汁をすするときはもちろん、たくわんを噛むときさえも! しかも一品ずつ口に運ばなければならない。あれもこれもいっしょにがぶりというのはご法度だ。また、箸を手にしたまま、いつまでも口をもぐもぐさせていてはいけない。その際は、いったん箸を下に置く。
 ふだんのがさつな食べ方だと5分で終わるほどの量だったが、たっぷり30分かかってしまった。作法に気を使う結果、食べ方がゆっくりになったのだ。しかしその分、一品ずつ味わって食べることができた。ふだんの料理にはない、ほどよい量の、味覚さわやかな満足感があった。
 いまや日本人の多くがグルメ志向になって、旨いものを食べることに夢中だが、その反面、心静かに残さずきれいに食べるということは後回しにされてきている。しかし食の作法と、味覚は切り離せないものではないか、と思う。不作法にがさつに食していては、料理を味わう間もないし、本来の味覚を堪能する余裕もない。
 作法に則って心を落ち着けて食べるというのは、見た目にも美しいが、利点はまだある。健康にもいいのだ。嘘だと思うならやってみてください。ふだんの半分の量でも、十分に満腹になります。ダイエット効果抜群なのです。

讀賣新聞 2010年7月14日 掲載