力ずくの中国
日本は国益守る決意示せ

元米国国務長官 リチャード・アーミテージ

アジアの海は領有権をめぐる対立で波立っている。先月、尖閣諸島沖で発生した日本の巡視船と中国漁船の衝突事件と、その後の日中間の激しいやりとりは、まさに、そうした長年の対立が劇的に表面化したものと言えるだろう。
 これを受けて、今月ハノイで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大国防相会議で、アジア海域の緊張緩和が主要議題となったのは驚くにあたらない。同会議が、対立する領有権の主張の平和的解決を呼びかけたのは当然である。だが、そうした平和的な解決が、脅迫や強制の下に達成されることがないようにすることもまた、同じくらい重要である。そして私は、この点で日本は確固たる立場を貫くべきだ、と考える。
 中国漁船衝突事件は、結局、日本側が船長を起訴しないまま処分保留にして釈放することで幕引きとなった。これは、日本側が「日中関係を考慮」した結果だと報じられている。そうだとしたら、不幸な計算違いだった。日本が公明正大な法治国家である以上、船長は法廷で裁かれ、有罪であれば、すくなくとも罰金刑を科せられるべきだった。
 船長の操る船が他の船舶に損害を与えた。外交上の配慮で逡巡するのではなく、法律の定めに従って賠償を請求するべきだった。ところが日本は、中国側の要求をのまなければ日本が全責任を負うことになる、という温家宝首相の威嚇に気おされて、船長を起訴しなかった。これでは、日本の弱腰が丸見えである。
 しかしながら、中国からの謝罪要求を日本が拒否したのは賢明だった。日本政府がこうした毅然たる態度を維持できることを、私は願っている。尖閣諸島沖で発生した今回の事件を、単なる偶発的なものと見てはならない。これは、広く東シナ海から南シナ海に至るまで、領有権問題をめぐる近隣諸国の意思を試すための、中国の一連の行動の一環なのである。
 今年4月、中国の軍艦10隻が、沖縄の南140キロの宮古海峡を通過した。これまでに日本近海で確認された中国海軍艦艇の動きの中で最大のものだった。この艦隊を監視するため海上自衛隊が派遣されたが、中国海軍ヘリが、日本の護衛艦すれすれを飛んで、いやがらせをした。さらに中国は6月末から7月初めにかけ、東シナ海で大規模な実弾演習を行った。これは明らかに、この地域を力で牛耳る意思がある、というメッセージである。
 さらに南に下れば、南沙、西沙両諸島周辺での中国の活動に対して、中国と同様に領有権を主張するASEAN諸国の間で懸念が高まっている。
 この対立に米国も巻きこまれている。中国が南シナ海を、台湾やチベット、新疆ウイグル自治区とならぶ「核心的利益」と位置づけていることに、米当局者は警戒を強めている。さる7月にハノイで開かれたASEAN地域フォーラムでも、クリントン米国務長官が、航行の自由と領有権問題の平和的解決は米国の国家利益だと明言している。
 これを受けて中国の楊潔チ外相は、問題を「国際化」させることに猛反対し、ASEAN諸国の領有権主張を非難した。そして、これらの諸国が中国よりはるかに小さく、対中貿易に依存していることをほのめかした。要するに、ASEAN諸国が中国と対等の関係を期待することはできない。中国の要求に反対すれば、彼らの未来は緊張含みのものになる、ということを明示したのである。
 私が思い出すのは、南ベトナム赴任中の1974年に起きた事件である。同年1月、南ベトナム統治下の西沙諸島を、中国軍が占領した。南ベトナム政府は、北ベトナムとの絶望的な戦争の最中にもかかわらず、艦隊を派遣した。激しい戦闘の末、中国側が勝利した。だが、敗れた南ベトナム艦隊は、英雄としてサイゴンに帰還したのである。
 もっと興味深いのは、中国と兄弟関係にあった北ベトナムの反応だった。同国政府は沈黙していた。北ベトナムの共産主義政権は、いつの日か同諸島の領有権をめぐって中国への対応を迫られることを、悟っていたのである。
 かくして、ベトナムにとっても、あるいは他の東南アジア諸国や日本にとっても、その日が訪れた。中国は、東シナ海と南シナ海の全域だけでなく、黄海や中印国境沿いに関してまでも、領有権を一斉に主張する戦略に乗り出している。日本や他の諸国の権利を維持するためには、これに対抗しなければならない。

  まずは民主国家と連携を

私は、必ずしも緊張をエスカレートさせるような措置を提唱しているのではない。だが、近隣諸国の決意の固さを、中国に告知しなければならない。いま中国の行動を放置すれば、中国をつけ上がらせるだけだ。そして、もっと危うい形で、我々の決意が試されることになりかねない。
 まだ手遅れではない。日本は、11月に横浜で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を利用して、地域の先頭に立つ意思を表明するべきだ。この会議は好機である。民主主義的な価値を支持し、経済的繁栄を追求し、領土問題の平和解決を含む、国際的規範を尊重するアジア共同体を促進することを通じて、日本の決意を明白にできるはずである。
 ほとんどの東南アジア諸国にとって、これは最高のメッセージである。この地域でもっと大きな役割を演じるよう、日本を促し続けてきたからである。
 日本はまた、防衛能力を改善するべきだ。まず何よりも、防衛費の増額を図るべきだ。日本の自実質的国防支出は、過去10年近く低下を続けてきた。さらに日本は、武器輸出禁止措置を緩和することができる。この制限によって日本は、北朝鮮と中国からの潜在的脅威に直面しているにもかかわらず、安全保障面でも兵器技術面でも後れを取りかねない状況に置かれてきたのである。
 これらの措置は、日本の能力構築を助けるだけでなく、日米同盟協力を広げる機会もまた提供するだろう。これは、地域の安全にとって必要な要素である。
 最後に日本は、もっと広くインドとの安全保障協力を考えるべきだ。インドとの合同演習と同時に、防衛器機の合同開発や生産、共同購入などを増やすことによって利益を得られる。民主主義大国である日本とインドは、自然な地域パートナーである。その提携関係を育むべきである。
 中国漁船衝突事件は不愉快な出来事だった。だが、圧力を行使する中国の力と意思を思い出す、良い機会でもあった。日本はこの教訓を生かし、国益を守るに値する決意を、顕示する方向に動くべきである。

讀賣新聞 2010年10月24日 掲載