部族対立克服へ走る

彼女は走ることで、憎しみと恐れを乗り越えた。ケニア西部の町、カペングリア。「世界で活躍する陸上選手になりたい」と夢見るテグ・ロトゥニョ(19)は、赤土の道路を走り込んでいた。
 ポコット族のロトゥニョは5歳の時に、おじと兄をトゥルカナ族に殺された。
 家族が飼育していた牛やヤギは全て奪われた。ケニア北西部では、部族間での家畜の強奪とそれに伴う殺人が絶えない。紛争が多い周辺国から銃器が流入しやすいことが、部族対立を一層悲惨なものにしている。
 そんな状況を変えようと立ち上がったのが、元女子マラソン世界最高記録保持者のテグラ・ロルーペ(39)だ。2003年に「テグラ・ロルーペ平和財団」を設立。競技で得た地位と名声を生かし、故郷のケニアだけでなく、ウガンダ、スーダン、ソマリアといった東アフリカ一帯の平和実現のために多彩な活動を展開してきた。
 その一つが、ランナーの発掘育成だ。家族が犠牲になった女子、そのままであれば強奪者になるかもしれない男子の中から才能のある者をスカウトしてきて、陸上競技の練習をさせる。ただ走らせるだけではない。異なる部族の選手を一緒に住まわせる。部族固有の言語しか話せない者も多いので、公用語のスワヒリ語を教える。  ロトゥニョは2年前にカペングリアに来たころ、おじや兄を殺したトゥルカナ族と一緒に暮らすが嫌だった。幼いころから「トゥルカナ族を見たら逃げろ」と教えられて育ってきたからだ。「トゥルカナ族は敵だと思っていあた。でも、一緒にご飯を食べて、何の問題もなく過ごして仲良くなって、私と同じ人間なんだということが分かった」。様々な部族出身の男女約10人と共に練習に励む。
 選手は才能が認められれば、首都ナイロビや外国人のマネージャーにスカウトされる。もし走ることをやめても、コンピューターや語学の学校に通う。ロルーペは「状況を変えるために必要なのは教育。恵まれない環境にある少年少女に、スポーツはチャンスを与える」と語る。
 ロルーペは平和実現のために、スポーツの果たす役割は大きいと強調する。「スポーツでは勝つこともあれば負けることもある。人生でもそう。スポーツは人間を平等にする」。00年シドニー五輪で高橋尚子の最大のライバルと目されながら、13位に終わった人の言葉だけに説得力がある。
 貧しい家庭に生まれ、自らの才能と努力で世界に羽ばたいたロルーペ。その思いは、次代のアスリートたちに受け継がれている。


讀賣新聞 2012年6月26日 掲載