補綴構造設計士・歯科技工士川島 哲の世界
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たっちゃんの関係法規
  その L 「医歯二元論」

内藤 達郎

歯科医師と医師とは別個の資格であり、養成機関も歯学部と医学部とに分かれている。これを医歯二元論という。これは明治時代の「医籍」と「歯科医籍」制度にさかのぼる。歯科医籍とは、1883(明治16)年に行われた、歯科医業開業のための「歯科試験」(第1回医術開業試験)合格者が当時の行政機関に登録されたその原簿記載をいう。この歯科医籍が作られたことにより、医籍と分離され医歯二元論が確立した。

 この「医歯二元論」が生んだ結果の一つとして、医業と歯科医療の関係について、抜歯、齲蝕、の治療、歯周疾患の治療等、いわゆる口腔外科に属する行為は、歯科医行為であると同時に医行為であり、医師であればこれらを当然なし得るものと解釈されている。しかし、充填、補綴および矯正の技術に属する行為は歯科医師にのみ認められた行為であり、印象採得、試適、装着などもまた、歯科医業の範囲に属すると解されている。(基本医療六法平成13年版)という関係が生まれた。

 歯科が眼科や耳鼻科と同じように医科のなかの一分野であり、歯科を専門とする医師も同じ医学校のなかで養成されることを一元論という。明治から昭和初期までの時代的背景からみて、歯科医師は医師とは別な医療専門職と位置づけて、それにふさわしい養成システムとすることは、それなりの必然性があったと考えられる。その理由を列挙してみよう。

 1、歯科が対象とすべき疾患量が膨大である。
歯科疾患はきわめて普遍的なものである。現代でも、ムシ歯のない子供、歯周疾患や欠 損歯のない中高年者はむしろ例外的な存在である。したがって、これらの治療に特化した 医療専門職を急速にようせいするのが、発展途上段階の医療システムの構築にとっては絶 対的に有利だと考えられた。
 2、歯科では治療部位が限定されている。
歯科医師の治療範囲は、歯とその周囲組織にほぼ限定されているから、それ以外の勉強はそれほど必要ではないと考えられていた。
 3、歯科では特殊な治療手段が必要となる。
硬い歯質を削るエンジンなど、他の診療分野では使用されないような特殊な器械器具が必要になることが多かった。
 4、技工作業の比重が高い。
義歯やブリッジの製作など、手先の技能に依存する”モノ作り”的な作業が、日常診療のかなりの部分を占めていた。したがって、歯科医学校の教育内容でも、修復物や補綴物のための材料学や製作法の実技に大きな時間を割いていた。その結果、診断や患者との対話などのための知的能力よりも、職人芸的な技能の部分がより重視される傾向があった。
 5、生命予後や社会活動への影響が比較的小さい。
富国強兵政策の下にあっては、歯科保健の意義や歯科医療の効用が軽く見られていたのも、やむを得ないことであったのかもしれない。医師の養成が官立大学を中心として推進されたのに対して、歯科医師養成が長らく私立の歯科医学専門学校だけに任されてきたのは、行政当局が歯科医療を軽視していたためであろうか。

当時の歯科医学専門学校の教育内容をみれば、修復・補綴物を製作するための実習が大半で、基礎医学や内科や外科などの臨床医学に割かれていた時間はわずかであったから、当時の歯科医師の多くはむしろ現代の歯科技工士に近い存在であったといわれても仕方ないようだ。

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