補綴構造設計士・歯科技工士川島 哲の世界
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たっちゃんの関係法規
  そのR 「歯科技工師肯定論」

内藤 達郎
(PSD)日本補綴構造設計士協会 相談役(法律)

歯科技工(士)法誕生の背景には、医歯一元論と歯科技工師肯定論がある。その歴史的考察をしてみる。時は昭和の日華事変(1937年)にさかのぼる。戦火の拡大にともない、日本にも全体主義的な思想が広がりドイツのナチスへの傾倒が起きた。歯科教育の面でも従来あったアメリカに由来したのを廃し、ドイツ流の体系ができつつあった。ドイツの学界を範とする立場から生まれたのが「医歯一元論」である。
 医歯一元論とは、歯科は眼科や耳鼻科と同じように医科のなかの一分野であり、歯科を専門とする医師も同じ医学校のなかで養成されることをいう。医歯二元論とは、医師と歯科医師は別個の資格であり、養成機関も医学部と歯学部とに分かれていることをいう。(関係法規シリーズそのL参照)

 この医歯一元論の立場からすれば、歯科医療をいわゆる治療的な面と技工的な面に分け、歯科技工だけを担当する者の存在が必要になる、ということになるはずであった。「外科の手術後の義肢や義眼の場合と歯科技工は、ともに人体の一部の欠損(陥)を補うのであるから、同一列に入れてもよいのではないか」あるいは「技工面は歯科技工師のような者に委ねる方が合理的ではないか」などの考え方から生まれたのが「歯科技工師肯定論」である。

 しかし1930年代の歯科界の大勢は、「歯科技工は歯科医師自身が行なうことがもっとも結果が良いが、歯科技工所を利用することも有効なことではある。しかし、現在の歯科技工所の現状では、歯科医師が自分で技工が十分できないから技工所を利用するというのは邪道である。とにかく歯科技工所はひとつの存在として肯定し、育てていくというやり方も必要ではないか」という考え方があったようだ。

 また当時、日本歯科医師会は厚生大臣にあてた「歯科技工所ニ関スル上申書」は、歯科技工所の存在を肯定し、その運営について指導力と管理の強化を考える、という趣旨になっている。こうして歯科技工業はゆっくりではあるが地歩を固めていくことになるが、現在の従属的関係はこのときの「管理の強化」に由来しているのかもしれない。

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