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たっちゃんの関係法規
  その54 「尖閣諸島の領有権について その1」  

内藤 達郎
(PSD)日本補綴構造設計士協会 相談役(法律)

最近、尖閣諸島に関して日中関係が険悪になってきている。新聞にも「尖閣沖 台湾漁船40隻と海岸巡防署(海上保安庁)の巡視船12隻が一時、領海に侵入した。」とか「日本政府の尖閣諸島国有化による中国の反発を受け、日中国交正常化40周年の行事(記念事業や交流イベント)の中止と延期が、全国40道府県で計100件に及んでいることが分かった。」などなどと大事に至る危険が迫っている感じがする。

そこで、日中の主張を整理してみると日本は
・ 歴史的にも国際法上も日本国有の領土。領有権の問題は存在しない。
・ 国有化は、国内での所有権の移転の問題で、大きな現状変更ではない。平穏かつ安定的に維持・管理するための現実的で最善の策。
・ 中国の独自の主張には全く根拠はない。訴え始めたのも周辺で石油資源の可能性が指摘された1970年代からだ。
 これに対して中国側の主張は、
・ 中国の領土であり、領有権をめぐる問題がある。
・ 中国の領土主権の侵害であり、不法で無効。軍国主義を反省しない日本が中国領土を侵略・占領している。
・ 日清戦争末期に日本が中国から盗んだ。国有化は中国に原爆投下したようなものだ。

 日中両国の主張に正当性があるのか、両国の歴史的経緯を詳細に検証する必要がある。 日本の立場は、尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかであり,現に我が国はこれを有効に支配している。したがって,尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しない。尖閣諸島は,1885年から日本政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行い,単に尖閣諸島が無人島であるだけでなく,清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認した上で,1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行って,正式に日本の領土に編入している。この行為は,国際法上,正当に領有権を取得するためのやり方に合致する(先占の法理)。

 同諸島は,それ以来,歴史的に一貫して日本の領土である南西諸島の一部を構成している。なお,尖閣諸島は,1895年5月発効の下関条約第2条に基づき,日本が清国から割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれない。また,サンフランシスコ平和条約においても,尖閣諸島は,同条約第2条に基づいて日本が放棄した領土には含まれていない。尖閣諸島は,同条約第3条に基づいて,南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ,1971年の沖縄返還協定(「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」)によって日本に施政権が返還された地域に含まれている。

   サンフランシスコ平和条約第2条には、日本国は,台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄する、とある。サンフランシスコ平和条約第3条には、日本国は,北緯29度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。),孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島,西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで,合衆国は,領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して,行政,立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。

 沖縄返還協定第1条には、この協定の適用上「琉球諸島及び大東諸島」とは,行政,立法及び司法上のすべての権力を行使する権利が日本国との平和条約第三条の規定に基づいてアメリカ合衆国に与えられたすべての領土及び領水のうち,そのような権利が1953年12月24日及び1968年4月5日に日本国とアメリカ合衆国との間に署名された奄美群島に関する協定並びに南方諸島及びその他の諸島に関する協定に従ってすでに日本国に返還された部分を除いた部分をいう。

 明治17年(1884年)頃から尖閣諸島で漁業等に従事していた沖縄県在住の民間人から国有地借用願が出され,明治29年(1896年)に明治政府はこれを許可した。この民間人は,この政府の許可に基づいて尖閣諸島に移民を送り,鳥毛の採集,鰹節の製造,珊瑚の採集,牧畜,缶詰製造,燐鉱鳥糞の採掘等の事業を経営している。このように明治政府が尖閣諸島の利用について個人に許可を与え,許可を受けた者がこれに基づいて同諸島において公然と事業活動を行うことができたという事実は,同諸島に対する日本の有効な支配を示すものだ。

 また,第二次世界大戦前において,国又は沖縄県による尖閣諸島の現地調査等が行われていた。第二次世界大戦後,尖閣諸島はサンフランシスコ平和条約第3条によって,南西諸島の一部として,米国の施政権下に置かれたため,その後昭和47年(1972年)5月15日に,尖閣諸島を含む沖縄の施政権が日本に返還されるまでは,日本が尖閣諸島に対して直接支配を及ぼすことはできなかった。しかし,その間においても,尖閣諸島が日本の領土であって,サンフランシスコ平和条約によって米国が施政権の行使を認められていたことを除いては,いかなる第三国もこれに対して権利を有しないという同諸島の法的地位は,琉球列島米国民政府及び琉球政府による有効な支配を通じて確保されている。

 次回は領土問題の重要ポイントである日中国交正常化交渉における約束事と日米安保条約に関してアメリカの立場、それに米中関係の思惑について述べます。

彼岸花

内藤達郎撮影

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