補綴構造設計士・歯科技工士川島 哲の世界
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だれかが立ち上がらなければならない

〜 海外委託問題訴訟判決を控えて 〜

訴訟を起こして歯科技工士を守る会 代表 脇本征男氏

歯科技工物の海外委託訴訟の判決を9月26日に控えて、
訴訟を起こして歯科技工士を守る会代表の脇本征男氏に問題の本質を聞いた。

 疑問視される品質と安全性
 「自分たちの権利を守るために、だれかが立ち上がらなければならない。」次世代の人たちのためにもー」
 何らの規制も受けずに中国、南東アジアなどから安価に輸入されている技工物によって、日本の歯科技工と国民の安全性が危機に瀕している。こうした現状を明らかにし、それを看過した厚生労働省の責任を問うため、平成19年6月、脇本征男氏ら81人の歯科技工士は国を相手取って裁判を起こした。
 歯科技工士法では、第17条において、「歯科医師又は歯科技工士でなければ、業として歯科技工を行ってはならない」と定めている。また、第18条で歯科技工行うには歯科医師の指示書が必要であるとし、第19条では歯科技工所の管理者に指示書の保管を2年間義務付けている。これらの規定により、歯科技工業務が適正に実施され、安全で高品質の技工物が歯科医療に供されるよう規制されており、これに違反した者には刑罰が科せられことになっている。つまり、法により無資格者の技工は禁止され、業務として歯科技工を行うことができるのは歯科医師および歯科技工士に限られている。
 それにもかかわらず、近年、国外の無資格者に技工物の制作を委託し、輸入する業者が増えている。国外で制作される技工物の多くは安価である。使用される材料などに関して監督が及ばないため、品質や安全面において不安が指摘されている。
 同氏らは国外で制作された技工物の安全性を検証するため、昨年8月に中国から取り寄せた補綴物の分析を行った。2〜3個のサンプルについて分析を行った結果、純チタンの金属のなかに、現在、金属アレルギーで最も問題とされるニッケルが含まれているのを確認したという。
 「米国オハイオ州で、中国製補綴物に鉛が含まれいたという事実がありましたが、それは氷山の一角にすぎないと考えています」(同氏)
 厚生労働省は、輸入技工物の使用は自由診療だけにとどまり、保険診療では薬事法で定めたものしか使えないため、使用されていないというが、それに対しても疑問を投げかける。
 「国外で制作された補綴物は雑貨扱いで輸入されているため、安全性を確認する体制がありません。また、安価で輸入された技工物が保険診療に使われている可能性を払拭することはできません」

 海外委託を容認した厚労省
 こうした補綴物の海外委託に関して、脇本氏らは適切な対応を取るよう、厚生労働省にたびたび働きかけを行ってきた。
 それに対して厚生労働省は、平成17年9月8日付けで通達を出した。同通達では、国外で制作された補綴物について、「歯科材料の性状等が必ずしも明確でなく、またわが国の有資格者による制作ではないことが考えられる」と認めながら、使用については、特に情報提供すべき項目として7項目を挙げたうえで「十分な情報提供を行い、患者の理解と同意を得る」ことを求めるにとどまっている。これにより、国外で制作されている技工物を歯科医師の裁量により用いることを、厚生労働省が事実上容認したと解される。
 同氏は、「国外制補綴物の使用に厚生労働省がお墨付きを与えたことになってしまった」と批判する。
 「通達には、患者に対して治療に使用する技工物について説明しなければならないと書いてあります。しかし、これは国外製・国内製にかかわらず、歯科医師にとっては常識であるはずです。それが今回の通達によって、7項目の説明をして患者の了解さえ得られれば、海外委託の補綴物を使ってよいだという理解が全国的に広がってしまいました」
 歯科技工物は特定人のものと法律に規定されとり、その技工は歯科医師の指示書に基づいて行われる。その際、無資格者に技工を依託することは禁じられている。これらを定めた歯科技工法の趣旨を考えれば、委託先が国外であっても、無資格者への依託は認められるべきものではない。
 こうした認識のもと、海外依託を放置することはわが国の歯科技工士の権利を侵害し、存在を脅かすものだとして、同氏らは平成19年6月22日に国を相手に取って訴えを起こした。訴訟費用は原告の持ち出しと支援金でまかなっている。
 「民事で入り込み、実質の行政訴訟の戦いに持って行くための手法として、海外依託を放置する国の不作為を立証するとともに、身分確認訴訟が目的です。損害賠償を絡めて、そのうえで国家資格である歯科技工士の法的地位の保全を求めて訴えを起こしました」
 さらに同氏は、この訴訟の意義について強調する。
 「歯科技工士の業務独占が侵害されていることは間違いないにもかかわらず、国は歯科技工士の業務独占はないと言っているわけです。これは歯科技工士法についての明らかな誤判であり、法に定められている歯科技工士の存在意義にかかわる根本的な問題です。また、行政が勝手な解釈により法を濫用する『舞文弄法』(ぶぶんろうほう)です」

 広がる支援の輪
 こうした脇本氏らの働きに対して、関連団体の反応はおおむね協力的なものだという。 海外委託問題の是正を目的とした地域歯科医師会との協議では、技工物の制作を海外の無資格者に委託するのは違法行為であるとの見解が歯科医師会の役員からはっきり示されたという。
 さらに、平成17年度通達は国外製の補綴物の使用を歯科医師の裁量に任せることで、国が海外委託に関する監督責任を放棄したものであり、歯科医師会として対策を講じるよう協力するとの言葉まであったという。
 また、全国保険医団体連合会は「保険で良い歯科医療をめざす」運動の一環として、この問題にも強く取り組んで行く態勢である。
 こうした支援の動きが見られる一方で、厚生労働省の指導を受けている公益法人に所属する人たちのなかには、表立って厚生労働省に反旗を翻すわけにはいかないという人たちもいる、と同氏は話す。
 「次の世代に、歯科技工の素晴らしさと生きがい、そして適切な就業環境を残したいと真剣に考え、国民の安心安全の確保を第一として行動しております」  昨年は、長崎県の歯科技工士会の日技生涯研修で、海外委託問題について講演依頼があったほか、静岡や神奈川、大阪などでも同様の研修会が行われた。また、和田精密歯研もこの問題には関心を持っており、会社を挙げて応援するとの声があるなど、反響は徐々に広がってきているという。

 求められる歯科医師との協力関係
海外委託の問題がこのまま容認されてしまえば、歯科技工士制度が崩壊し、これから歯科技工士を志そうという人たちの夢を潰えてしまいかねない。そうした厳しい状況にあるにもかかわらず、同業者の機運の立ち遅れを脇本氏は残念がる。
 「これは技工士の将来にかかわる問題ですから、技工士学校で教育に携わっている人たちが第一に声を上げなければいけないと思うのです。なのに知らないふりをしている。これは要するに、学校そのものも厚生労働省の認可を受けているわけですから楯突くことができないのではないでしょうか」
 こう話したうえで同氏は、この問題の最大の責任は技工士自身にあるとの考えを述べる。
 「最も責任を問われるべきは技工士会だと考えています。自らの権利と義務があるにもかかわらず、それを守るための対応ができていない。権利を守り義務を遂行するために、何も喧嘩をする必要はないのです。対等に権利を主張して話し合えばよいわけですから」
 こうした考えのもと、同氏は提訴後、弁護士とともに日本歯科医師会と日本歯科技工士会を訪れて裁判に至った経緯を説明し、理解と協力を求める申し入れをしている。
 同氏は、海外委託問題を解決するためには、歯科医師の協力が不可欠だと考え、今回の裁判に当たって全国保険医団体連合会に意見書を求めたところ、開業医の意見書において「歯科技工士は歯科医師の手足ではなく、代理として技工の部分を任されており、技工士がいなければ歯科医療そのものができない」との見解が示されていたという。
 昭和56年度からは、歯科医師国家試験において補綴部門の実技試験が削除されている。つまり、歯科医師は技工を技工士に全面的に委ねるということになっていると解釈される。そうした点からも、技工士は歯科医師のパートナーであると考えられ、その存在が脅かされれば、歯科医師にも影響が及ぶことになる。
 同氏は、このように技工士は歯科医療において不可欠とされる存在であることを自覚して、自分たちの在り方をあらためて考え直してみることが必要だと呼びかける。

 海外の最新技術・材料は承認すべき
 企業努力により開発された最新技術や製品については、将来的にそれを認める特例を考えるべきだという柔軟な考え方だ。
 「業界の将来を考えると、すべてに門戸を閉ざしてしまうよりも、先進的な技術や材料のほか人的な交流を保っていたほうが、今後の発展向上性があると思うのです」  こうした考えの背景にあるのは、国民に最善の歯科医療を提供しようという思いがあるという。脇本氏は歯科技工士法が成立した背景について、「かつて、歯科医師の裁量によりだれに加工させてもよい時代があった」としながら、「国民の健全な公衆衛生を守るため、歯科技工士法ができた」と述懐する。
 「私たちは、国民に最良の歯科医療を施すための技工を行うのだという精神で取り組んでいます。そうした精神のよりどころとして、身分や地位、業務、施設も含めて規定しているのが歯科技工士法です。こうした法の趣旨や目的を否定するような厚生労働省の姿勢は、改めるよう求めていかなければならないのです」

 よりよい未来の歯科医療のために
 歯科医師と技工士の間には協力関係が必要であると主張する脇本氏であるが、それに水を注しかねないものとして、保険をめぐる問題を指摘する。「歯科医師がよい仕事求めれば、技工士もそれに応えようと努力します。ところが『これは保険の仕事だから適当にやっておいてくれ』ということが、なかにはあるのです」。
 わが国の国民皆保険制度は世界に誇りうる制度だと話す。
 「保険で国民の医療をまかなっていこうというのが保団連の考え方です。『保険だから手を抜く』という考えが横行すると、そういう先生方のみならず国民が憂き目をみることになるのです」
 こう話したうえで同氏は、患者は技工士が歯科医師と一体であると考えている。歯科医師のやっていることは、技工士も付随して行っていると捉えていると指摘する。それだけに、「保険だから手を抜いてくれ」というやり方には反発を感じるという。
 歯科技工士は歯科医師からの指示書に従い業務を行う。自由診療も保険診療も関係なく、その指示書に従った仕事をするのが、課せられた責任である。
 「海外委託問題は昭和63年の『大臣告示』の形骸化と言われたころに顕在化したとみられています。『大臣告示』は、価格競争で歯科補綴物の質の低下を招かないように、業界の技術競争による良質の歯科医療に資することを目的とし、時の厚生大臣が官報で告示したものでした。今回の海外委託にしても、医療従事者としての倫理観が問われ、国の制度を真摯に守るという考え方が欠落しています。これでは国民が不幸です」
 さらに同氏は、技工士の姿勢にも注文を付ける。
 「金額の高低で仕事を格付けするのは間違っています。患者さんにとって今最善の仕事、最高の診療がよい仕事であるはずです。これは、医療従事者として法律以前の問題です」と、技工士が医療の本質を見失うことがないよう釘を刺す。
 「歯科医師とうまくコミュニュケーションが取れて、仕事を通してお互いが達成感で喜びの共感が得られるというのが歯科医師と技工士のあるべき関係でしょう」
 海外委託の問題は歯科技工士の在り方を根底から揺るがすものであると同時に、日本の歯科医療のあるべき姿を問いかける問題でもある。適切で魅力的な歯科医療を提供していくことは、技工士だけにとどまらず、歯科医師や歯科衛生士も共同で取り組むべき問題である。
 「国民歯科医療制度とは、業界の人々のためのみに存するものでなく、国民のために業界を人として尽くさせるために、日本国憲法が定義付けた制度で、その一つが歯科技工士法なのです」
 ともに歯科医療を担う仲間として、サポートの輪が国を挙げて広がることが期待される。

DENTAL TRIBUNE 2008年9月Vol.4 No.9 掲載
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