補綴構造設計士・歯科技工士川島 哲の世界
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台湾に息づく「公徳」

中国総局長 加藤 隆則

今月初め、台湾総選挙の取材で台北に行き、市内の地下鉄に乗った。汚れた床の一部を年配の女性清掃員がぞうきんで丁寧にぬぐっていた。中国と比べ台湾の公共スペースが清潔なことは一目瞭然で、「なるほど」と感心しながら見ていたが、驚いたのはその後の出来事だった。清掃員がきれいにふき終わると、近くの女性乗客2人が「謝謝!(ありがとう)」と声をそろえたのだ。
 これこそ社会生活に求められる「公徳」の心である。中国ではめったに聞かれない「対不起(済みません)」も、台湾では店員を呼ぶ際でさえ使われる。思いやりの言葉が心に橋を懸け、社会に調和を生む。「調和社会」の政治標語とは裏腹に権力の大小が人間関係を規定し、「父は警察の署長だ」という脅し文句が珍しくない中国とは好対照だ。
 福沢諭吉は「社会の繁栄には公衆に公徳がなければならない」(「日本男子論」)と訴え、同時期、日本に亡命した中国の思想家・梁啓超は「公徳は立国の源だ」(「論公徳」)と悟った。儒教を土台に忠孝などの「私徳」を論じてきた日中両国は、個人の独立を説く西洋の近代思想に触れ、初めて公の場で個人が果たすべき「公徳」に思い至った。
 中国で繰り返される道徳キャンペーンを見る限り、100年前の課題はまだ残されている。一方、マナーでは優等生と目される日本では、黙って電車の席を譲る光景を目にする。「どうぞ」の一言を欠けば、公徳は形式に陥り、心は響き合わない。台湾の「謝謝」から見習うべき点は多い。

2012年1月25日 讀賣新聞 掲載
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