古賀壮一先生が亡くなり一年が経って・・・

PSD協会 中野進也
2010年7月20日

2009年11月29日、私にとって忘れられない日になった。突然の悲報に驚嘆し、頭の中が真っ白になった。「なぜ?どうして?つい1週間前に技工学会でお会いした時はあんなに元気に笑っていたのに・・・。」ましてやあの冷静で洞察力のある古賀先生が事故を起こすなんて考えられなかった。その日の夜、あまりのショックで免疫力が落ちたのか“当時流行の新型インフルエンザ”に感染してしまった。何も出来ない自分が情けなくて、悔しくて涙が溢れた。
 古賀先生との出会いは先生の主宰する古賀道場の門を叩いて始まりました。受講中はキャストパーシャルの製作プロセスにおいての理論、それを裏付ける徹底的な研究、探究心に驚かされ、私自身キャストパーシャルはもちろんの事、技工に対する考えに影響を与えてくださいました。
 受講後も私に歯科技工士としての方向性を導いてくださいました。ハードルを乗り越えられそうにない時にいつも優しく相談に乗ってくださいました。
 古賀先生自身これからと世界に羽ばたいていこうとされていたのに・・・古賀先生やご家族の心中を察すればあまりにも無念で言葉がでません。
 そんなやりきれない思いのまま、2010年8月28日に古賀先生を偲ぶ会に参加して参りました。日本全国からPSDの会員と古賀先生と縁のある方、ご家族やスタッフの方が参加しました。偲ぶ会は古賀先生の思い出話など披露され終始和やかな雰囲気で行われました。またご家族やスタッフの方々と話す機会があり、その中で古賀先生の魂や思いをご家族はもちろんスタッフの方にも受け継がれていると確信しました。
 偲ぶ会が閉会し会場からホテルに向かう途中、以前古賀先生に食事に連れていって頂いた料亭にふと足を止めました。二人きりで1時間程ですが食事をした場所・・・古賀先生の技工道に対するお話を一生懸命に聞く当時の自分をそこに写した。目を閉じて当時の古賀先生のお話を思い返すと目に涙がにじんできた。
 天国で古賀先生に「中野君頑張ったね〜」と笑顔で再会できるように古賀先生の技工道を受け継ぎ、まだ見えない古賀先生の背中に一歩ずつでも進んでいきたいと思います。